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新しい視点で○○○を活動する Yasuhiro YAMAKAWA

プロフィールprofile

政治への「道」

幼少の頃尊敬する祖父に「世のため人のために役に立つ男になれ」、父からは「弱い方々を助けなさい」と言われ育ちました。 社会人になり今日までの約28年間、様々なボランティア活動を行い「人を育てる、人を助ける」ことを学びました。 琉球政府で立法院議長だった祖父泰邦は、1953年保守合同で沖縄自由民主党を結成し、当時の佐藤総理大臣など各党党首・各界トップに日本復帰前の沖縄問題について要請調整してきました。 父一郎は翁長雄志元那覇市長(のちの県知事)時代に県地域離島振興局長から那覇市助役に誘引され、小生も保守一家として政治の道を歩むことになりました。 豊見城市議2期、那覇市議1期務め、祖父や父の教えを実践してまいりました。


沖縄の特殊事情

第2次世界大戦で沖縄は激戦地となり県民の4人に1人が犠牲になりました。 戦後米軍は土地収用令で29市町村に強制的に米軍基地を建設。1952年4月28日に発効されたサンフランシスコ講和条約は、 沖縄県民の大部分が「屈辱の日」と言っており、日本は独立しましたが、沖縄はアメリカ施政下で日本から切り離され、米国が施政権を行う日であり、当時の沖縄の決定権は米国にありました。 沖縄は米軍占領下で政府を持ち、日本国家の統治権から27年間分離され、国の立法的、司法的、行政的統制の枠外におかれ琉球政府として国政事務を担った時期があり、他県にない歴史を歩んでいます。 このような特殊事情の中、戦後76年、日本復帰51年。未だに日本にある米軍基地(米軍専用施設)の約70%が沖縄に存在し、県民は長い間苦悩しています。 また沖縄県知事選挙や国政選挙の結果を受けて地元の意思を完全に無視して、辺野古新基地建設を強行していることに対して、憤りを感じています。 県民の思いに寄り添うことや現状を訴え全国民へ伝えることが私の役目だと思っています。

自己紹介!

衆議院沖縄県第4区支部長 山川やすひろ

〒901-1111
沖縄県南風原町字兼城194-2

TEL 080-6486-8811
Email:ishin.okinawa@gmail.com